<   2007年 08月 ( 19 )   > この月の画像一覧

生きる目的
8月も今日で終わり。
はやいね~、時が経つのが。
今年もあっという間に終わってしまいそう...。
そんなことを思う「時期」なのか、はたまたそんなことを考える「年齢」なのか、
ここたて続けに、色々な友達が日記に
「人生の目標を見直す」
「自分の夢はなんだったか、それに今は近づいているのか」
「目標達成に向けてどんなことをすべきなのか」
などなど書いていた。

私自身、勉学・キャリアにおいては「目標」はあった。
そしてその目標達成にむけてコツコツ努力してきた。
自分の進みたい方向に進み、10年のキャリア生活を経て、
ある程度自分が目指していたものを達成して、この休職生活に入った。
でも、人生全体においては、私は最終目的地のような「目標」や「夢」はない。
何故なら、それは未知なる可能性があるものだから。
その代わり、『Purpose of Living ; 生きる目的』はある。
そして、それにそって生きることが大切だと信じている。

「自分はなんのために生きているのか。」
こんなことを考えさせられたのは、仕事が120%の生活をしていた時。
まるで自分は仕事をするために生きているような錯覚に陥った。
そのために自分の力をフルに使い果たすこともしばしばあった。
そして、自分の中での「バランス」が崩れていくのを感じた。
キャリア4年目頃だったかに、大きな壁にぶちあたったことがあった。
そして多くの涙も流した。するとその当時の上司(オランダ人)に、
「仕事で涙を流すなんて、もったいないよ。人生もっと大切なことがいっぱいあるんだから。
その時のために、涙はとっておかないとね」と。
「涙がもったいない」。
その時は、頭ではわかってもなかなか理解しきれなかった。

休職生活を始めて1年8ヶ月。
今では彼が意味したことがしっかりわかる。
そして、自分の「生きる目的」にそって、一歩一歩着実に人生を歩んでいっている。
これからも自分らしく、そして色々な経験をして成長していきたい。
もちろん、その中で「キャリア」は自分を成長させるための大切な経験の1つ。
でも仕事を再開しても、「生きる目的」を見失わずにバランスのとれた生活を送っていきたい。
そして最後には、「あ~いい人生だった!」と思いたい。

人生まだまだこれから...と言いつつも、本当にあっという間に時は過ぎてしまうもの。
フランス人のように「Joie de vivre 人生の喜び」を常に忘れずに、
これからもいい人生をJ-kunと共に歩んでいこう。

今日は、大きな「ひとり言」でした、笑。
f0099556_21532023.jpg


人気ブログランキング参加中。応援クリックお願いします♪
[PR]
by kanabo73 | 2007-08-31 21:56 | ひとり言

画家気分♪
先週末から今週にかけては、パリもお天気つづき♪
夏休み最後の週に、神様がちょっとだけご褒美をくれているよう、笑。
そんなお天気を満喫せねばと、またまたレンタカーをしてJ-kunとパリ市外へ。
f0099556_20471793.jpg

こちら、le Village des Peintres 画家達の村として知られるBarbizon バルビゾンと呼ばれる村。パリから南に約60kmとのところにあり、まさにフォンテーヌブローの森に隣接する。
f0099556_20495410.jpg

ミレー、ルソー、コローらがこの村の素朴な風景に魅せられ、ここに暮らしながら風景画や農民たちの生活を描いた。
f0099556_20511714.jpg

この村が最も栄えたのが、1830年から1860年で、当時は総勢80人以上もの画家たちがこの村に住んでいたとか。よってあちこちの家には、「この家では画家のXXXXXが生活をしていた」などの石板が壁に貼り付けられていたりする。こちらは、ミレーの家&アトリエ。
f0099556_2054108.jpg

彼は、このバビルゾンの村であの有名な『落ち穂拾い』『晩鐘』(現物はオルセー美術館に展示)を描いた。どんな絵かお忘れの方は、こちらのリンクサイトへどうぞ→(Wikipedia)
久々にいっぱいの太陽を浴びながら、のんびり村の探索を楽しみ、
いざBois de Fontainbleau フォンテーヌブローの森へ。
f0099556_2134858.jpg

深呼吸しながら森林浴♪
何の花だかわからないけど、この薄い紫色の花が森中に咲き乱れていた。
f0099556_2153832.jpg

さりげなくてかわいらしい。
f0099556_2164052.jpg

そして、なんとなくアジアを彷彿させるような一面のシダ。
f0099556_2193994.jpg

絵になるよね~、と私たち。
大きな岩を見つけて、しばらくそこに座りながら画家気分♪にひたってみた、笑。
f0099556_21115852.jpg

いいね~、こういう平穏な時間。
次にまた来る時には、絵具と画用紙を持ってこなきゃ?!

フォンテーヌブローの森は、言うまでもなく、ナポレオン1世がこよなく愛した「フォンテーヌブロー城」に隣接する(私たちは以前に行ったことがあるので、今回はパスしました)。
パリから車で1時間、電車なら40分(+バス)で簡単に行ける。
フォンテーヌブロー城で歴史に触れ、
その後はフォンテーヌブローの森、バビルゾンの村で画家気分♪にひたってみる。
お天気の日に、いかがですか?
f0099556_212046.jpg


フランスの風が届いたら、応援クリックお願いします♪
[PR]
by kanabo73 | 2007-08-30 21:23 | パリから日帰り

キャンドルのともし火で...
f0099556_1848849.jpg

ようこそ、ホーンテッドマンションへ...。
というのは冗談でございます、笑。
こちらは、パリから高速A6にのって55km程度のところにある
Chateau de Vaux le Vicomte ヴォー・ル・ヴィコント城。
f0099556_185209.jpg

何故、こんなに暗いのかって?
それは、ライトアップは全てキャンドルだからであります。
このお城は、17世紀にルイ14世に仕えていた財務卿Nicholas Fouquet ニコラス・フーケが、ルイ14世のおかかえ建築家ルイ・ル・ヴォー、王室室内装飾家のシャルル・ル・ブラン、そしてフランス式庭園の創始者であるル・ノートルを集め、あらゆる美を集結させた城を自分のために建てさせたもの。もちろんその出来栄えにはフーケ自身も大満足した。しかし、1661年にフーケが6000人もの貴族を招待して開催した大祝宴会に列席したルイ14世が、このお城のあまりの美しさに嫉妬し、フーケ財務卿に国家資産の横領容疑をかけて終身刑を言い渡してしまう。そして、ルイ14世が同じ3人の技師に「このヴォー・ル・ヴィコントを超える城をつくれ~!!」と命じて造らせたのが、かの有名な絢爛豪華なヴェルサイユ宮殿だったのだ。

しかし、ヴェルサイユ宮殿よりもヴォー・ル・ヴィコント城の美しさに惹かれる人は少なくない。
ヴェルサイユ宮殿ほど豪華でなく、人間味のあたたかみがまだ残る。
その美しさをより楽しむために、夏の間だけ開催されるのがこのVisites aux Chandelles キャンドルビジットであり、城中に2000以上ものキャンドルが灯され、その光の中でお城と庭園を見学するというもの。なんともロマンチック~♪
f0099556_19184058.jpg

ル・ノートル作のフランス式庭園は、それは見事なるもの。
f0099556_1912431.jpg

そして、いよいよお城の中へ。
f0099556_1920132.jpg

真っ暗な中、キャンドルの光がゆれる。
f0099556_19211364.jpg

そして、1つ1つの部屋をゆっくり見学していく。
f0099556_5274336.jpg

f0099556_19223987.jpg

当時はまだ電気が発明されていないはずだから、まさにこんなキャンドルの生活だったんだよね。
f0099556_1926719.jpg

f0099556_19263554.jpg

「いいね~」「すごくいいね~。」と何度連発しただろう。
f0099556_19265993.jpg

あたたかみ溢れるお城が、キャンドルの光で更にあたたかみを増す。
f0099556_19275585.jpg


実は見学中に、ところどころに17世紀時代の貴族の格好をして見学している人がちらほら。
衣装はもちろんのことながら、白髪のカツラまでかぶってる。なぬ~???
J-kunと、「あの人、見えるよね?え?もしかして亡霊???」。と一瞬ドキッとしたものの、近くにいた警備の人に「あの人誰ですか?このイベントの参加者?」と聞くと、私たちと同じ一般の観賞客であることがわかった。警備の人は、「結構よくそういう方いるんですよ~、ニコッ。」と。
ほぉ~、よほどのマニアだわね、笑。写真がないのが残念ですが、ご想像はつくかと。

このVisites aux Chandellesは、10月6日まで毎土曜日の夜8時~0時まで開催。
詳しくは、リンクサイトへどうぞ。
http://www.vaux-le-vicomte.com
フォンテーヌブローから約20kmなので、そこと合わせて行かれるのも良いかも。
一つ書き忘れましたが、実はここが今年7月にMBAプレイヤーのトニー・パーカーと、ハリウッド女優のイヴァ・ロンゴリアが披露宴をしたお城であります!!そりゃ、豪華&ロマンチックだったでしょうね~♪

皆様も、素敵なロマンチック体験をぜひChateau de Vaux le Vicomteで。
f0099556_19362880.jpg


フランスの風が届いたら、応援クリックお願いします♪
[PR]
by kanabo73 | 2007-08-28 19:41 | パリから日帰り

戦争とノルマンディー
※この旅行記のはじめからご覧になられたい方は、こちらへどうぞ♪→ノルマンディーのさまざまな顔

再び皆様こんにちは。
週末はいかがお過ごしになられましたか?

さてさて、ノルマンディーの旅行記も終盤に差し掛かって参りました。
そして歴史のお勉強は、今日が最後(笑)。
ノルマンディーの食の豊かさ、多くの印象派画家たちに愛されていたこと、そしてイギリスとの深い関わりなど、ノルマンディーのさまざまな顔についてお話をしてきました。しかしもう1つ、忘れてはならない「顔」」があります。ここノルマンディーは、数千万人の死者を出した人類史上最大の戦争・第二次世界大戦中に、連合軍(アメリカ、イギリス、カナダ、当時のソ連ら)がナチス・ドイツ軍墜落のきっかけとなった西ヨーロッパへの侵攻作戦の舞台となった場所。
歴史上では『オーバーロード作戦』『ノルマンディー上陸作戦』として知られていて、
第二次世界大戦の最も知られる戦いの1つ。
作戦決行日、1944年6月6日(この日は「D-DAY」と呼ばれる)にノルマンディーの海岸に
約300万人もの連合軍兵士たちが上陸。
こちらは、連合軍アメリカ部隊が上陸したOMAHA BEACH オマハ・ビーチ
f0099556_17254511.jpg

バイユーから10kmほどのところに位置する。
平穏なビーチを目の前にして、当時のことを想像してみると鳥肌が立つ。
この海岸に多くの若い兵士たちが上陸し、平和のために戦ってくれたのだ。
その兵士たちの勇気をたたえて海に向かって建てられた記念碑。
f0099556_17291462.jpg

今はただ波の音だけが響くオマハ・ビーチ。とても静かな、美しい海岸である。
そして連合軍がここから上陸しドイツ軍と戦って、フランスでまず一番最初に開放された町が前回ご紹介したタペストリーがあるバイユーなのだ。自由フランス軍を率いるシャルル・ド・ゴール将軍が一番最初に行進した。よって、バイユーにはMusee Memorial de la Bataille de Normandie ノルマンディーの戦い記念館や、戦死した多くの兵士のお墓がある。こちらは、Cimitiere Militaire Britannique イギリス軍の戦士した兵士たちのお墓。
f0099556_17354539.jpg

良く見てみると、18歳、19歳などの若い兵士たちも。
f0099556_17364635.jpg

彼らの名は永遠に生き続ける。
f0099556_17382346.jpg


そしてノルマンディーの中でも最も被害を受けた街の1つが、ノルマンディーの首都・Caen カン。
ここは、ユネスコ平和賞を受賞した都市。
かつてナチス・ドイツ軍の司令部が置かれていた場所には、
Memorial de Caen カン平和記念館が建てられている。
f0099556_17412561.jpg
www.memorial-caen.fr
ここは、入場料が17ユーロ~19ユーロ(観光案内所で割引券あり)と少々割高だが、第1次世界大戦からアメリカ・ソ連の冷戦に至るまで、戦争と平和を検証するための記念館としてかなり内容が充実している。たっぷり一日かけて歴史を振り返るのも良い。
私たちはこんなに大きな場所とは知らなかったので行ったのは午後だったけど、結局4時間もここで時間を費やした。どのような背景で戦争が起こったのか、戦時中のそれぞれの国の様子、国同士の電話でのやり取りを録音した肉声テープ、兵士たちが使用した兵器・日用品、兵士たちの日記、などなど。見逃してはならないのが、当時の様子を撮影した映像("D-Day")。
ナレーションもなく、ただ映像を編集したものだが、それだけで十分メッセージは伝わる。

ここは、ヨーロッパ戦線のものが中心に揃えられているが、アジア・太平洋戦線の記録ももちろん触れられている。そして、改めて日本の「苦い歴史」を振り返らされる。日本は唯一の被爆国としての戦争の「被害者」でもありながら、ナチス・ドイツ軍とともに枢軸国の一員として「加害者側」にあった立場。私たちは戦後生まれの世代ではあるが、やはりこれは目をつぶってはならぬ過去だよね。色々なことを考えさせられた。そして、改めて「平和」を心から願った。
f0099556_17572953.jpg


こうして、ノルマンディーには「さまざまな顔」がある。
いつにも増して、歴史の勉強になった旅行となった。
というわけで、これにてノルマンディーの旅行記はおしまいであります。
お楽しみいただけましたか?

パリはここ3日間はお天気続き。
そして今週は子供達にとって夏休み最後の1週間(←私には関係のないことですがね、笑)
みなさま、今日も良い一日を~♪

フランスの風が届いたら、応援クリックお願いします♪
[PR]
by kanabo73 | 2007-08-27 18:25 | フランスの田舎

バイユーのタペストリー
※この旅行記のはじめからご覧になられたい方は、こちらへどうぞ♪→ノルマンディーのさまざまな顔

またまた、楽しい歴史の授業のお時間です。
昨日の授業の出席率は悪かったようで...(笑)。
まぁね~、ヨーロッパの歴史となると本当に複雑だもんね。
今日もできるだけ簡潔にまとめることにしましょう(本当か?!)。

ノルマンディーの首都Caen カンから、西へ30kmほどいったところにBayeux バイユーという
中世の街がある。
f0099556_1822459.jpg

「バイユーに行くなら、是非『タペストリー』は絶対に見なきゃだよ!」と歴史好きな友達にすすめられた。「バイユーのタペストリー」ってなんだ?
タペストリーとは、刺繍で描かれた絵のこと。まぁ、せいぜい5m四方くらいのものなのかなと想像していた。バイユーの観光案内所へ行って地図をもらい、Tapisserie de Bayeuxという標識を辿って歩くこと5分、1つの美術館があらわれた。このタペストリーだけに、なんとまるまる1つの美術館が設けられている。実はこのバイユーのタペストリーは、ギヨーム2世が11世紀にどのようにしてイギリス王になったのかの歴史をつづった、全長70mもある巨大タペストリーだったのだ。それでは、まずはこのタペストリーに描かれている物語をベースに約950年前にタイプスリップ!

7代目ノルマンディー公・ギヨーム2世の背景は昨日お話しましたね~。
みなさん、ちゃんとおぼえてますか~?
彼の奥さんは誰でしたっけ~?はい、そうです。父方の祖母を通してイギリスのアルフレッド王の子孫であったマチルダでしたね~。彼らが結婚した1053年、イギリスではエドワード懺悔王と呼ばれる人がイギリスを統治しておりました。彼はもともと修道士でもあったため、結婚はしたものの息子はもうけなかったことから、後継者問題があがります。彼の血縁をあたっていくと、なんとこの7代目・ギヨーム2世が後継者候補としてあげられたんですねぇ。というわけで、それを伝えるためにエドワード懺悔王は妻の兄ハロルド2世を使者としてノルマンディーに送ります。ハロルド2世がギヨーム2世に会えるまで色々とまた物語がありますがそれは省くとして(笑)、やっとギヨーム2世に出会えたハロルド2世は、当時起こっていた内戦でギヨーム2世をサポートし、その活躍を讃えられます。そして、将来ギヨーム2世がイギリス王として後継することを承認する誓い(整骨の誓い)を神聖な教会で行わされるのです。

イギリスに戻ったハロルド2世は、その報告をエドワード懺悔王にしたが、何故かエドワード懺悔王の死後、議会の決定でギヨーム2世ではなくハロルド2世がイギリス王として戴冠することに。時にして1066年。まず、これに対して怒りを示したのがハロルド2世の弟トスティ。そして紛争を起こしたが、見事にハロルド2世の軍隊によって撃破された(スタンフォード・ブリッジの戦い)。
もう一方でハロルド2世の戴冠に憤りを示したのが、もちろんギヨーム2世。忠誠を誓ったくせにあんにゃろ~!!!となり、イギリスに攻め込みます。これが「ヘースティングの戦い」とよばれ、ギヨーム2世がハロルド2世を撃破します。結局エドワード懺悔王から後継者として任命を受けていたことと、ハロルド2世が自分への忠誠を誓っていたという主張をもとに、議会は受け入れざるを得なくなり、1066年12月25日(クリスマス!)に、ギヨーム2世がウィリアム1世として、イギリス王に即位したのでした。このことから、ウィリアム1世は「William the Conqueror ウィリアム征服王」、このヘースティングの戦いは「ノルマン・コンクエスト」とよばれ、イギリスのノルマン朝による統治がはじまったのだ。結局、このノルマン・コンクエスト後、イギリスは外国軍から征服されることはなく、その後王家は全てウィリアム1世の血を受け継いだのでした。
これで、何故ノルマンディー出身のウィリアム1世(ギヨーム2世)が、イギリスと縁が深いかお分かりになりましたか~?
そんなこんなで、このタペストリーが展示されている美術館にはイギリス人がいっぱい!!!
無料のオーディオガイド(日本語あり)を聞きながら、70mのタペストリーを観賞します。
当然ながらタペストリーは撮影禁止。更にご興味がある方は、リンクサイトへどうぞ(タペストリーの写真つきで1つ1つ丁寧にお話が説明されています。→詳しくはこちらへ
後からこのタペストリーには「ハレー彗星」が描かれていることも分かりました。

ただ、ここであがる疑問が。
このタペストリーは、何故イギリスではなくバイユーにあるの?
実は、このタペストリーはギヨーム2世の異父弟であるオド司祭の命令で作らせたものだったらしく(もともとは、マチルダ王妃の命令で作られたと言われていたが、色々な文献からオド司祭によるものという説のほうが最近では強いとか)、バイユーの大聖堂内に展示されていたものだったため。
f0099556_18595622.jpg

そんなわけで、ギヨーム2世側から見て都合が良いお話として描かれていることはお察しがつくかと....。実のところ、ハロルド2世がギヨーム2世に忠誠を誓った(整骨の誓い)のも、ギヨーム2世に脅されてナイフを首に突き刺さされながら無理やり誓わせられたというのが真実らしい(笑)。でも、当然そんなことはタペストリーには描かれておりません、はい。
面白いね、歴史って。正しい歴史を理解するためには、色んな立場からの記録や文献を見なきゃいけないね。偏った見解は、いけません(笑)。

さぁて、カタカナ名ばっかりの歴史はここまでにしておきましょう。
でも、歴史のお勉強はもうちょっとだけ続きます。がんばって、ついてきて~!
実はこのBayeux バイユー、そして昨日ご紹介したCaen カンは、
近代の中でも忘れてはならない歴史があります。
ノルマンディーの旅行記の最後を飾るのは、戦争とノルマンディーについてですぞ~。


フランスの風が届いたら、応援クリックお願いします♪
[PR]
by kanabo73 | 2007-08-24 19:32 | フランスの田舎

イギリスとノルマンディー
※この旅行記のはじめからご覧になられたい方は、こちらへどうぞ♪→ノルマンディーのさまざまな顔

さて、どこから始めましょう。歴史の話になると、複雑になりがちだからねぇ....笑。
まずは、そもそも「ノルマンディーがどのように誕生したか」からお話するとしますか。
みなさ~ん、歴史の授業、居眠りしないで下さい。

まずは、もともと「ノルマン人」とは、スカンジナヴィア及びバルト海沿岸に原住していた北方系ゲルマン人のことで、通称「ヴァイキング(海賊)」とも呼ばれる。8世紀後半から9世紀にかけて、西ヨーロッパ各地に進入しさまざまな国に住み着いていった。この時代は、まだフランスが「西フランク王国」の時代で、西ヨーロッパが西フランク王国・中部フランク王国・東フランク王国のみにしか別れていなかった時代。ノルマンディー地方は西フランク王国の一部だったが、9世紀にヴァイキング(ノルマン人)らが侵入し荒らしまわった後、最終的にはパリを包囲して西フランク王・シャルル3世を追い詰めた。その結果シャルル3世は、その侵入してきたノルマン人部族の首領であったロロにノルマンディー地方を与えて、ノルマンディー公として封じた。ロロは改名して、ロベール1世となり、
これがノルマンディー公国のはじまり


はい皆さん、ここまでついてきてくれてますかぁ~?(笑)
それではイギリスに縁があったウィリアム1世とは誰なのか?
それは、6代目ノルマンディー公ロベール2世の愛人の息子であり、7代目のノルマンディー公となった人物(在位1035年~1087年)。フランスでは、『ギヨーム2世』として知られている。(フランスでは、ウィリアムをギヨームと呼びます。似てるようで似てないよね、笑)。このギヨーム2世は、愛人の息子ということもありWilliam de Batard 「庶子公ウィリアム」とも呼ばれる。
彼のイギリスとの縁が始まったのは、1059年にイングランド(イギリス)統一の基盤を築いたアルフレッド大王の子孫にあたるボードゥアン5世の娘Matilda マチルダと結婚したことから。しかし彼女、実はギヨーム2世とは血縁関係にあり(どうつながるかは複雑すぎて私も分からないぃぃ)、そのため一度はランスの教会会議によって婚姻無効宣告を受けている(ローマ教会では親族結婚を禁じていた)。ひゃ~、複雑ぅーー。しかし二人は諦めなかった。ローマ教皇に願い出て特免状を受けて、拒否から4年後の1053年にやっと結婚できたのだ。そして、その罪滅ぼしとしてそれぞれに教会と修道院をノルマンディーの中心都市のひとつ「Caen カン」に建てたのだ。度重なる修復工事はしているものの、今でもそれぞれしっかりカンの街に残っている。

こちらは、ギヨーム2世(ウィリアム1世)が建てたAbbatiale St. Etienne サン・エチエンヌ教会とAbbaye aux Hommes 男子修道院
f0099556_2217055.jpg

男子修道院の部分は、カンの市庁舎として今は使われている。
f0099556_22205151.jpg

当時修道僧たちが瞑想に使っていた中庭の下には、ローマ時代の遺跡が眠っている。
f0099556_22232925.jpg

そして、隣接するサン・エチエンヌ教会には、ギヨーム2世が静かに眠る。
f0099556_2226185.jpg

一方、こちらはマチルダが建てたAbbatiale de la Trinite トリニテ教会とAbbaye aux Dammes 女子修道院
f0099556_2225955.jpg

こちらも女子修道院は、市の会議所として使われている。
そしてこの教会に眠るのが、ギヨーム2世(ウィリアム1世)の妻・マチルダ。
f0099556_22264832.jpg

共に、戦争で破壊されなくて良かったよ...ね。
ちなみに、どちらも教会内はいつでも自由に見学することができるが、修道院内は一部分を除いては「ガイド付きの見学」のみ可能。時間帯なども限られていたりするし、実際に11世紀から残っているものは修道院内にはほとんど残っていないので、男子修道院を見学した後の私たちはちょっと物足りない感じがしました。というわけで、女子修道院の見学はパス(笑)
いずれにせよ、教会は必見です。

ふぅ~、疲れましたねぇ。でも、まだ本題に入ってませんね~(笑)
前置きがこんなに長くなってしまうとは思わなかった。
でもこのまま続けたら、相当長くなりそう。
では、続きは明日の授業にしましょう。
きり~つ、礼(笑)。

明日は、本題イギリスとノルマンディーの歴史に関係する「バイユーのタペストリー」について。

フランスの風が届いたら、応援クリックお願いします♪
[PR]
by kanabo73 | 2007-08-23 23:13 | フランスの田舎

巨匠たちが愛したノルマンディー
※この旅行記のはじめからご覧になられたい方は、こちらへどうぞ♪→ノルマンディーのさまざまな顔
f0099556_18561596.jpg

ぞう~さん、ぞう~さん、お~はなが長いのね♪
まるで『ぞうさん』が水を飲んでいるかのように見えるこの断崖は、
ノルマンディー北部、海岸沿いの町Etretat エトルタにそびえ立つ。
なんとも神秘的な断崖;「Falaise d'Aval ファレーズ・ダヴァル」。
こちらは、その上手にある断崖「Falaise d'Amont ファレーズ・ダモン」。
f0099556_1963181.jpg

このてっぺんから眺めるファレーズ・ダヴァルは、鳥肌がたってしまうほど美しい。
f0099556_199741.jpg

断崖絶壁と海岸線が形成する美しい風景は、画家のモネ、クールベらに愛された。
モネは奥さんを亡くしてから人物画を一切描かなくなり、
もっぱらこのエトルタの美しい海・断崖・船を描くことが心の癒しになっていたとか。
こうしてこの美しい景色を見ていると、本当に不思議と心が癒されていく気がする。
そして、ゆっくりと時が流れていく。
J-kunと二人でただただだまったまま、この美しい景色をしばしながめた。
美しすぎ。超感動~。
f0099556_19293852.jpg


このエトルタから南下し、Pont de Normandie ノルマンディー橋を渡ると、
17世紀まで貿易の拠点であったHonfleur オンフルールという港町があらわれる。
f0099556_19343673.jpg

印象派画家の先駆者ブータンは、船乗りの息子としてこの町で生まれ、
この美しい町の風景を多く描いた。
f0099556_1937723.jpg

また、先に紹介したクールベ、モネ、そしてコロー、ターナー、デュフィなどなどの巨匠たちも、この港町に魅せられ、数多くの作品をここで描いた。今でも多くの画家達がここに拠点を持ち、アトリエをひらいている。ちなみに、ここオンフルールは作曲家サティの故郷でもある。
f0099556_194182.jpg

こちらは、オンフルールのシンボル「Eglise Ste.Catherine サント・カトリーヌ教会」の鐘楼。
このサント・カトリーヌ教会は、15世紀、百年戦争によって破壊されたあと、少ない予算、及びその土地に多くいた船乗りたちによって建てられた、フランス最古にして最大規模の木造教会。
その特徴は、なんと言ってもこちらの船底型の天井
f0099556_19475780.jpg

木のぬくもりがいっぱいの教会。
ここで巨匠たちも祈りを捧げたのだろうか。

オンフルールの街を一望したい場合は、Cote de Grace コート・ド・グラースの展望台へ。
f0099556_1951635.jpg

街はもちろんのこと、先に紹介したPont de Normandie ノルマンディー橋も含めた全景を眺められる。このノルマンディー橋、この写真だと分かりづらいけど、始まりと終わりの部分がものすごい急斜面で、車で通った時にはまるで遊園地気分だった(笑)。
展望台にあったパネルには世界イチ長い斜長橋とあったので、おおお!!これまたスゴイッ!と思っていたら、帰ってきてインターネットで調べてみると、1999年に日本の瀬戸内海に渡る「多々羅大橋」がその記録をやぶっているとか。知らなかった~。これまた1つ新しいことを覚えました。

実は、このエトルタとオンフルールの間にも、多くの画家が愛した港町がある。
その名も、Le Havre ル・アーヴル
残念ながら私たちはそこには足を運びませんでしたが、
ここはモネがあの有名な「日の出」を描いた場所

こうして、ノルマンディーの海辺には印象派画家の巨匠たちが愛した場所がいっぱい。
また違った「顔」だよね。
さて、お次はいよいよ歴史の世界へ。
まずは、ノルマンディーと海を挟んで向こうにあるイギリスとの深い関係について。
どうぞお楽しみに~。

フランスの風が届いたら、応援クリックお願いします♪
[PR]
by kanabo73 | 2007-08-22 20:08 | フランスの田舎

りんごとチーズの王国
※この旅行記のはじめからご覧になられたい方は、こちらへどうぞ♪→ノルマンディーのさまざまな顔

やはり、これが王道なノルマンディーの顔。
f0099556_2040278.jpg

お天気が良くなかったのが残念だけど、一歩ノルマンディーに入るとこんな景色をあちこちに見かける。りんごの木の下に牛。モ~。
f0099556_20423172.jpg

まず「りんご」は、お菓子・ジャム・料理に使われることはもちろんのことながら、ブルターニュ地方でもよくみかけたCidre シードル、Carvados カルヴァドスなどの「りんご酒」に。
ノルマンディーを通る国道A13を南下して、Cambremer カンブレメーという小さな町を中心に
『Route du Cidre シードル通り』(D59、D276)といものがぐるっと円状に通っている。
本当に細い山道で、車がすれ違うのもギリギリなほど。
でもこの通り沿いには、多くのシードルメーカーが点在するのだ。
f0099556_2047691.jpg

私たちがふらっと寄ったのが、この写真にあるFrancois et Stephane GRANDVAL夫妻が経営するところ。中に入って、工程などを説明してもらった。
f0099556_20485174.jpg

実は試飲中に判明したことが。
こちらのメーカーは、過去6年もシードルの金賞を受賞しているということ。
というわけで、もちろんA.O.C.認定
何気なく見つけたところなのに、超ラッキー♪
しかも、今回新たなる美味しいものを発見!その名も、『Pommeau ポモ』と呼ばれるノルマンディー特産の食前酒。実は、シードルもカルヴァドスもこのポモも、同じ「りんごサイダー」から作られる。まずは収穫したりんごを一定期間寝かせ、そこから「サイダー」を抽出する。そのサイダーを発酵させて作られるのが「シードル」、そして更に長く発酵させてアルコール度を高くしたものが「カルヴァドス」。「ポモ」は、発酵前の「りんごサイダー」に、「カルヴァドス」を混ぜたもの。これが、カルヴァドスほどアルコール度が高くなく、香り豊かで美味~♪はい、もちろんしっかり2本購入しましたよー。あっ、もちろんシードルも12本ほど....(笑)。

そしてもう1つの「牛」のほうは、食用牛はステーキとして(よって、街には多くの「ステーキ屋さん」がありました)、乳牛から取れる牛乳からは、クリーム・バター・チーズが作られ、ノルマンディーの特産品として有名。 フランスはチーズの王国と言われるように、その種類の多さは世界イチ。その中でも最も有名と言われるCamembert カマンベールは、こちらノルマンディーで作られている。この他にも、Livarot リヴァロ、Pnt L'Eveque ポンレヴェックなど有名なものもあり、これがまた意外にまろやかな味で美味しかった。まだまだチーズは開拓してきれていない私で、特に臭いチーズが苦手なので新しい種類のチーズを食べることに躊躇してきたけど、これでまた食べられるチーズが増えて嬉しい♪本当は、最終日にチーズファームへ行って、牛の乳搾りをさせてもらって(J-kunは未体験なので)、農家でチーズを買おうと思ったんだけど、残念ながら最終日は雨(泣)。よって、Livaro リヴァロの町であいていたチーズ工場で、カマンベール・リヴァロ・ポンレヴェックチーズを買い込んで帰ってきました。

ノルマンディーはブルターニュ地方のお隣にあるだけに、前にもご紹介したGalette ガレット・Crepe クレープもよく食べられます。ただ、ノルマンディーに特別なGallishot ガリショ(確か、そんな名前だったと思う....)と呼ばれるものがあったので、それを試してみました。なんでも、チャレンジしなきゃだもんね!
f0099556_215762.jpg

ガレットとクレープと違って、セイボリー系でもスイート系でも両方の食べ方で楽しめる。
簡単にいえば、薄いホットケーキみたいなもの。感想=>まぁまぁだった(笑)。
やっぱり、ガレットとクレープの方が美味しい。
というわけで、それからはガレットとクレープ三昧にしました。
ちなみに、このガリショはインターネットで調べても全然出てこない。名前が間違ってたのかなぁ。もう少し調べてみて、更なる情報があったらお知らせしますね。

そんなこんなで、ノルマンディーではステーキ三昧、チーズ三昧、ガレット・クレープ三昧・シードル三昧で幸せ~だった私たちでした。
正直、食べ過ぎた。というわけで、パリに戻ってからは粗食してます(笑)。

さてさて、お次の日記では印象派画家の巨匠たちが愛したノルマンディーをご紹介しましょう。
いやぁ~、素晴らしかったの一言。お楽しみに~。


フランスの風が届いたら、応援クリックお願いします♪
[PR]
by kanabo73 | 2007-08-21 21:13 | フランスの田舎

ノルマンディーのさまざまな顔
皆様、残暑お見舞い申し上げます。
日本は40℃を越えたらしいですね~。日本在住の方は、どうぞ暑さを頑張って乗り切って!
一方パリは気温16℃。タートルネックを着る季節になってしまいました。

さてさて、昨日、5日間のフランス北部・ノルマンディー地方への小旅行から帰ってきました~♪
いやぁ~、今回はいつにも増して盛りだくさんでありました。
そして、今までよりもかな~り「歴史のお勉強」をすることができました。昔から、『歴史』にはあまり興味がなかった私ではありますが、ここフランスにいると歴史の教科書をもう一度開きたくなる気分になりますヨ(笑)、本当に。

行く前までは、ノルマンディーと言えば、私の頭の中では「りんごとチーズ」しかイメージがなかったものの、実際に行ってみるとその他にもさまざまな顔があることにビックリ!!!イギリスの初代王・ウィリアム一世(フランス語ではギヨーム王)が生まれ育ったのも、ノルマンディー。モネ・ブータンらの印象派画家たちが魅せられた場所も、ノルマンディーに多くある。そして、第二次世界大戦のメインの舞台となったのも、ノルマンディー(ノルマンディー上陸作戦、D-Day)。そんなこんなで、今回はちょっと視点を変えて「テーマ別」にこの旅行のご報告をしようかと思います。

その① りんごとチーズの王国ノルマンディー
その② 巨匠たちが愛したノルマンディー
その③ イギリスとノルマンディー
その④ 戦争とノルマンディー

それでは、お次の日記からノルマンディーのさまざまな顔をお楽しみくださいませ~。

はじまり、はじまり~♪
f0099556_2304725.jpg


人気ブログランキング参加中。応援クリックお願いします♪
[PR]
by kanabo73 | 2007-08-20 22:54 | フランスの田舎

旅先からのハガキ
日本も今週はお盆で夏休みを楽しまれている方も多いことでしょう。
フランスも、ただいまバカンスシーズン真っ只中。
上下両隣りのご近所さんも、シャッターを閉めてバカンスへ。

そんな中、今日懐かしいものが届いた。
それは、旅先からのハガキ。
フランスの西南でバカンスを過ごしているフランス語の家庭教師ソフィーからだった。
f0099556_20151340.jpg

旅先からハガキをもらうなんて、いつぶりだろう。
とっても懐かしい感じがした。
携帯やe-mailが普及したことによって、
こうしてハガキを送ったり・受け取ったりすることも少なくなった。
でも、改めてこうして旅先からのお便りをもらうと、嬉しい気持ちになるね。
私もたまには書こうかな、旅先からのハガキ。

私たちも明日から週末にかけて、今度はNormandie ノルマンディー(フランス北部)へいってきます。多くの芸術家たちが愛した港町Honfleur オンフルール、美しい断崖を望めるEtretat エトルタ、11世紀の歴史をつづったタペストリーで有名なBayeux バイユー、そしてユネスコ平和賞を受賞した都市Caen カンへと盛りだくさん♪
相変わらずお天気は悪そうですがー、楽しんできまっす!!

というわけで、ブログは今週末までお休みを。
また来週、旅のご報告しますね~♪

皆様も、Bonne vacance ! 良い夏休みを!

皆様の応援クリックが更新の励みになります♪
[PR]
by kanabo73 | 2007-08-14 20:38 | パリの生活


愉快なフィリピン人夫と2008年7月に生まれた娘と一緒にのんびりパリ暮らし。フランス生活・旅行情報満載!
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30
ブログ読者の皆様へ
コメントはお気軽にどうぞ!尚、このブログの文章及び写真の著作権はKanaboにあります。無断転用・転載はお断りします。いたずらコメント・トラックバックなどは、予告なく削除させていただきますのでご了承下さい。
パリ情報便利サイト
ライフログ
いまパリ何時?
カテゴリ
タグ
以前の記事
検索
お気に入りブログ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
その他のブログ